チーズ製造上の注意
そもそも腐敗しやすい乳は、そのままでは保存が利きません。そこで人間は、発酵、分離、濃縮などの加工技術を組み合わせ、現在のようなチーズをつくりだしてきました。
技術は少しずつ洗練されてきたといっても、気をつけなければいけない点は、今も昔も変わりません。製造にあたっての注意点について解説します。
製造環境と施設
製造室内外には多くの微生物が存在します。それらに汚染すると、風味が損なわれるだけでなく、食品として安全性が低下するおそれがあります。
製造室は温度が高くなりがちなので、天井、壁などにカビが生えやすくなります。洗浄しやすい構造にし、防カビ剤の塗布も有効です。床は排水性をよくし、時々洗剤で洗浄します。特にホエーが残っていると汚染源になったり、コンクリート床を腐食することがあります。できるだけ外部の空気を入れないようにする、靴の洗い場を設置し十分な手洗いを心がけることを、習慣づけましょう。
また、万が一製品に異常が生じた場合、原因を知るために製造記録を取っておくことが有効です。原料乳、製造工程、気づいたことなどを、チーズをつくるごとに記録しておきます。
製造記録表の一例
| 工 程 |
時 間 |
温度・量・pH値 |
| 原料乳 |
|
_kg、pH_ |
| 殺菌開始 |
|
_℃、_分 |
| スターター添加 |
|
_リットル、pH_ |
塩化カルシウム
硝酸塩添加 |
|
_g、
_g |
| レンネット添加 |
|
_g |
| カッティング |
|
|
| 撹拌 |
|
_分 |
| 加温開始 |
|
_℃ |
| 撹拌 |
|
_分 |
| バット内プレス |
|
_分 |
| モールディング |
|
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| ドレッシング |
|
室温_℃ |
| 冷水浸漬 |
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水温_℃ |
| 加塩 |
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食塩濃度_% |
| 熟成 |
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_℃、湿度_% |
| その他の事項 |
(作業条件の変化、乳牛の状態、飼料の変化、その他気づいたこと) |
原料乳
レンネットと微生物を使ってつくる多くのチーズは、熟成中にタンパク質や脂肪が分解され、複雑で絶妙な風味がつくられます。原料乳は良質なものが必要とされ、欠陥があると製造の障害となるだけでなく、チーズの組織と風味を悪くします。
例えば、冷蔵期間の長い原料乳でつくると、苦味、異常風味、ランシッド臭の原因となります。また、ホエー排出が悪くなり、カゼインや脂肪の損失が多くなります。
チーズの品質に大きな影響を及ぼす、原料乳の種類、成分組成、生産環境などについて解説します。
1 原料乳の種類に気をつける
乳成分のうち、チーズの収量と品質に最も重要なのは、乳脂肪とカゼインです。乳脂肪分が少ないと、硬くて風味に乏しくなります。カゼイン量が少ないと、凝固しにくく組織・風味ともに劣ったものになります。
ですから、乳成分からいえば、乳脂肪の多い乳をだすジャージー種やガーンジー種、カゼインの多い乳をだすブラウンスイス種とシンメンタール種が、高収量
のチーズづくりに向いています。しかしジャージー乳の脂肪球は大きいため、ホルスタイン乳のチーズより組織の均一さに欠けます。
2 泌乳期によるちがい
初乳にはタンパク質と乳脂肪が多いので、レンネット凝固時間が短く硬くなります。一方、末期乳は低酸度でカルシウムが少なくなるので、レンネット凝固が弱くなります。ともにチーズの品質を低下させます。
3 飼料によるちがい
栄養価の高い牧草と良質な乾草は、チーズ原料乳を生産するのに最も適した飼料です。対して、濃厚飼料や粕類の多給、粗飼料不足は、レンネット凝固とチーズの風味を悪くします。
また、pHの高い不良サイレージは、酪酸菌に汚染されやすくなります。それを牛が採食すると、乳の風味悪化と養分低下による収量
減の原因になります。チーズが熟成後期に膨張する原因ともなるのです。
4 季節と放牧
季節による乳成分の変動もチーズの収量と品質を変えます。放牧は牛の健康と牧草採食に有効ですが、春の放牧開始時は、低脂肪・高SNFになるため硬いチーズとなり、不飽和脂肪酸が多くなるので、ホエーへの脂肪損失が大きくなります。夏の暑さは牛にストレスを与え、乳質が低下することがありますが、秋は安定して高品質なチーズが得られます。
5 乳房炎乳は使わない
チーズが軟弱で発酵不足、組織や風味が不良となります。微生物的な品質面だけでなく、カゼイン、乳糖、カルシウムが減少し、乳酸菌の生育も阻害されます。体細胞数が1ml中50万個以上になるとこれらの欠陥が顕著になります。
微生物
チーズの原料となる乳は、過酷な加熱殺菌をしてしまうと、固まらなくなってしまいます。レンネット凝固に必要なイオン状のカルシウムが減少し、熱変成したホエーのタンパク質が、カゼイン粒子にかぶさってしまうためです。
そのためおだやかな低温殺菌しかできず、細菌数が多いと十分な殺菌ができません。品質の劣るチーズとなるだけでなく、ときには健康を害してしまいます。
チーズ製造に有害な微生物
| 微生物の種類 |
被害内容 |
| 低温細菌 |
低温でも増殖する細菌。菌自体は熱殺菌に弱いが、つくりだす酵素は強力で、耐熱性がある。搾乳後の冷蔵と低温輸送の普及で、問題になっている |
| 大腸菌群 |
衛生上はもちろん、カマンベールなどの軟質チーズでは、熟成によってpH値が上がると急激に増殖し、食用には不適になる。半硬質・硬質チーズのように、乳酸発酵がゆっくりなものでは、熟成初期にチーズが異常膨張する原因 |
| 酪酸菌 |
強い耐熱性がある嫌気性菌で、通常の熱殺菌では死滅しない。しかもわずかな菌数(数百個/乳1リットル)でチーズに被害を与える。チーズ中の乳酸を利用して酪酸や水素ガスを生成し、不快な風味とチーズの異常膨張をひきおこす |
| 病原菌 |
チーズではまだ少ないとはいえ、黄色ブドウ球菌、リステリア菌、サルモネラ菌、病原性大腸菌、赤痢菌、ボツリヌス菌などによる重大な食中毒がおきている。原料乳に由来する場合と、製造器具や保菌者から汚染される場合がある |
文献引用:現代農業1999年5月号 酪農家のためのチーズ作り指南(著者:河口 理 農山漁村文化協会)
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